徒然なるままに…

このブログは、私の徒然日記を書いて行こうと思います。

情報の境界線についての私論。

我々の高度文明の上にAIという自動思考装置が確立されていく。

IoTやロボットというものと結びついていくと、それらIT機器は、電気さえあれば、原始世界でいう原始的な菌に重なる、死の遺伝子のない増殖のみの増え方をするように見えていくのではないか?

上のことは我々の脳内には重なるものなのか?脳は萎縮することもあるがそれは死の遺伝子によってもたらされるものなのか?今後の技術で脳が萎縮してもそれも読み取り脳が残ればその人が何を考えてきたか?ということが再現できる技術というものは今後できていくものか?できるなら興味深い。

また、死を意識してもそれ以降は考えられないのは、「脳が死の遺伝子がない」ということなのかな?とも思った。つまり本来、脳は創造的思考をするものなんじゃないか?と私は考える。脳が死、つまり破壊というものを考えるのは本来的ではないような気が私はする。つまり脳は創造的思考をして競争はすれど、競争相手を殺すというところまではいかないのではないか?と私は思う。だから、体から脳だけ独立し情報世界を閉じ込め、そこの中で死なない思考をするのかな?と私は思う。競争がなくなっていくと脳が萎縮するのかもとも思った。全く奨励してはいないですが、死ぬ思考は考えるだけでは実質的な死を迎えない。

 

しかし、我々の宇宙が情報機器で充満し覚醒しても、そこに嫌気がさして、どうしてもこの宇宙に居たくない、死にたいという意識になったとしたら、そこにはブラックホールという逃げ道ではあるが残される。死に場所が残るという哀しいがその当事者にとっては希望の場所になり得る。

 

その意味ではブラックホールは情報の死に場所で、遺体としてのブラックホールから読み取れるものは何か?という問題が残る。

 

これまでのことを考えると、人間とは、種の保存も死も持っている、生命の限界に挑戦しながら、あらゆる生存形態を実現する、ものすごい技術の集大成なんだなと振り返る。

 

倫理的な問題は残るものの、人間は人工的にクローンによって種を完全保存したり、性の問題が男と女という生来に依拠はするだろうけれど問題にならなくなっていくのかも知れない。と思った。

 

余談。

遺伝子情報がATGCという4つの塩基しかないのは、この性の方向帰着が4つで、勝手な重ね方ですが、AT結合を異性間愛の結合、GCを同性間愛の結合のような結実する所では2つの形しかない。4つの塩基の場合2つのカップル。人間の場合は、男と女、男と男、女と女。という3つのカップルになる。しかしながら、愛は2つの結合という所では純粋で外は無関係なものだと思っています。ここから私は、遺伝子は愛の情報だと感じる。

また、生命史は異性間で進化して来たんだなと思う。平均的な顔が美顔に見えるというのは、美顔がストライクゾーンが広いということを考えれば納得もできる。全てにおいて平均的とは全てにおいて可もなく不可もなくだが押さえていることから、広い対象に選ばれやすくなる。また、男と女とは結婚という戦争はすれど、子どもによって平和を保つのかも知れない。とも思った。男は女を愛そうとするが近づけない、女は男を簡単に愛せる状況だが離れたい。のかも知れない。