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徒然なるままに…

このブログは、私の徒然日記を書いて行こうと思います。

実現可能なことを増やすために必要なこと。

私は基本、一人で行動する。

理由:誰かと一緒に行動すると、その人に気を使いすぎてしまって、または逆に素を曝け出し過ぎてしまって、行動を共にする人に逆に気を使わせてしまうところがある。だから、一人で行動する方が、気兼ねなく行動できるので、そうなってしまうという所、でもここがこれから改善した方が良いかも?

 

次、

 

知識を溜め込み過ぎてしまう。

結果:体験値、経験値が上がらない。本の内容を頭で理解すればいいとだけ思い過ぎてしまい、出来るという感覚まで落とし込めないことが、今までも度々あって今もだ。ここも改善が必要だ。

 

次、

 

本当に新しいことに挑戦しない。

例:料理、掃除の徹底などがある。ずぼらな所が部屋を見ただけでわかる。だらしない。

 

次、課題だった所。

 

因果関係をしっかり理解する。自然科学、社会科学を勉強し、どう活かすかを考える。

これは、私が真理を得たときにストンと抜けてしまった、根本的な欠落点である。抜けたまま次の場面に移っても、そこで新しくやり直せばいいという変な理屈をとるようになっていた。そうではなく、何がまずかったのかを検証し、前もって同じミスをしないことに徹せねばならないのだ。

 

次、

 

「上を見るな」「身の程を知れ」「勤労にのみ成功の道がる」「真実を得る旅に出る」

これによってでしか、成功はない。でも真実と言っても、アイデアについてであって、事象や他人のことに関してだったら、下人に成り下がってしまう。ここは注意が必要。人の真実によってでしか飯が食えないというのは、最低の蛮行だからだ。最も嫌いな部類である。

 

逆に出来る事も書いておかないといけないかも?

 

1、お金が絡まない約束は守る。(貧乏です)

2、浮気はしない。

3、嫌われることを恐れていない。

4、苦労した経験は多く持っているので後輩には優しくアドバイスできる。

5、冷静な時は案外、視野が広い。

 

くらいかな?

 

もっと違う種類の体験、経験を積む必要が出てくるかな?と予想している。でも、まずは因果関係を掴むことが私の場合は必須。何のお陰なのか?誰のお陰なのか?それを尊重する気持ちも必要だと感じる。

 

人との縁を考えた方がいいのかも知れない。これは恋に破れたこともあるし、今までの恋愛傾向から、私は相手がいる人を好きになりやすい。それは、確かに相手がいる人は魅力的だから惹かれるというのは当たり前なのだが、人との縁を限定しすぎる傾向もあるかも知れないし、私の至らなさで悪くしていたことも多々あった。私が何か悪いことをしたのであれば、その理由が知りたかったのだが、「ネガティブに思う人がいますから」と言われ、それで排除されたのは私は理由が知りたかった。でも、そんなこと言ってたってしょうがない。何でもポジティブに捉えようとしてきた私の思いは一旦自分の中で潰さないといけなかったのだと、人生訓として取り入れることにした。でも、ネガティブなものを一方で持つというのは予想以上に嫌な気持ちになる。できるだけポジティブな方に焦点を当てるべきだろうね。ネガティブな側面が見えた時は、ポジティブな方で補ってあげるべきだ。相手にとって正論でぶつかるのではなく、利益を示してあげればいい。とこれも、名言から取ってきた(ベンジャミン・フランクリン)。

 

さて、今回はこれくらいにして上がります。

 

ネガティブなものを感じた時は、そんな時こそポジティブさを持ってさっきも書いたように正論ではなく、その人にとって利益となる言葉を振り掛ければいいのだとちょっと悪どいけど、これも大人になっていく上で必要か?と思い、取り入れることにする。

 

また、ポジティブさをいつでも取り出せる状態に持っておくというのも、自分を助ける上で必要かな?とも振り返れた。

 

今回はこれにて、、、

 

See you again...