徒然なるままに…

このブログは、私の徒然日記を書いて行こうと思います。

「部落問題のこれから」講演を聴き終えて。

今日は、角岡伸彦先生の講演「部落問題のこれから」を聴講した。

角岡さんは、関西の部落出身ということを自らお話しされていた。とても気さくな方で面白く話を進められていた。私は時折微笑んでいた。

この問題はこれまでも今も長く日本人の中でも扱われてきている。

根っこが深いだけでなく、部落の人たちの職業にまで入り込んでいることを知って愕然としてしまった。合法的に殺すことを生業とさせたこともあったそうだ。

今もネットの普及で簡単に部落がどこかを探すことができるみたいで、嫌な感じを持ってしまった。

社会の中で、弱者は生まれるが、差別は無くさないといけない。と思いました。一人では無理。

 

聴講後、先生に自分の文章を渡して、昨日読みかけの本の効果を全く発揮できず、喋るのができなかったです。コミュニケーション、課題です。

 

では。

コミュニケーションの練習をします。

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今日は診察日でした。

昼食を食べ、ちょっと食べ足りなかったのでミスドでドーナツ一個食べて、その足で、本屋さんに寄りました。

 

明日は「部落問題のこれから」という人権を考えるつどいに参加しますが、講師の角岡伸彦さんに自分の特異な状況を打破する考えをお伺いできないか?と思い、先生の本を立ち読みしていたのだけれども、自分はまずコミュニケーション障害というところに立っていると思ったので、話をするという段階をどうにかする為に写真の本を買いました。

 

この本によると、「世間」と「社会」は違うそうです。

とりあえず、近況はこれにて…

 

本を読みまする〜

映画「ボブという名の猫 幸せのハイタッチ」感想。(ネタバレあり)

今日は母と映画「ボブという名の猫 幸せのハイタッチ」を観に行きました。

KBCシネマで上映されているので、提携駐車場に停めて、お昼ご飯をKBCの社員食堂で食べられるかなぁ?と期待していましたが、社員の方と同伴でないとダメです。と言われたので、ご飯を買って映画館の待合室で食べました。

 

映画が始まる前、面白そうな映画の紹介があったので、母も面白そうだ。と言っていたので、また観に行きましょうかねぇ。と言ってました。また観に行くかも知れません。

 

さて、映画です。

 

感想。

 

プロミュージシャンを目指すも、その夢は実現どころか、最下層の暮らしの状態であったが、主人公はどんな時も優しさを持った、いつも挑戦する姿勢を忘れない。好青年でした。

 

ただ、薬物中毒からの脱却が中々できず、その仲間と縁を切ろうとしていたのだが、ある夜、寒さの中で車をその仲間が寝床にし、その中で主人公に薬物を勧める。主人公もそれを使い、意識を失う。

 

ケースワーカー(更生の為の薬物中毒者へのアドバイス、生活指導者)が、彼には支えになるものがないから最後のチャンスとして家を保証してあげて欲しいと国に要請。

 

彼は自分の家を手に入れることができ、すごく喜んだ。お金の稼ぎ方はストリートミュージシャンとして、1日でどうにかしようというスタンスだった。

 

家を手に入れる前にベティという女の子と出会う。その女の子は後々彼に教えることになるのだが、獣医を目指していた女の子でした。彼女の兄は麻薬に負けて死んでしまい、その事はあったのだが、兄を愛していた。しかし、薬物中毒者は嫌っていた。その上、獣医を目指していたけど、(多分その経緯で猫アレルギーになったのだと思う)猫アレルギーになってしまった。

 

(話は戻って、)ある夜、主人公がお風呂に入っている時、不審な音がリビングからして、主人公は靴を銃に見立て犯人に対抗しようとする。そぉっと、リビングに行くと、一匹の猫が窓から入って来て、彼のシリアルを食べていた。彼は安堵と猫に癒され、今日だけだぞ。と、一晩泊めてあげることに。

 

次の日、猫の飼い主を探そうと一生懸命近くの住人に聞くが、飼い主ではないと冷たくされる。

 

猫はその日は、それがわかったのか?離れて行く。

 

彼はストリートミュージシャンとして、また日銭を稼ぎに出かける。

 

ある日、家に来た猫が大怪我をして彼の家の前にいたので、彼は大慌てでどうにかしないといけないとベティの元を訪れる。何故彼女が動物に関して知っているかを知ったのかは彼女は5匹のワンコを飼っていたので、どうすれば良いか教えて貰えると思い訪れる。

 

彼女は前述のことはまだ全ては話さなかったが、猫の傷は化膿しているので動物病院に行った方が良いということと、その病院のカードを貸してくれた。そして、無料で治療が受けられるということも後押しに、、、

 

彼は急いで猫を動物福祉病院に連れて行き、彼はケースワーカーの元を訪れないといけなかったが長い時間待たされる羽目に。

 

どうにか、治療を受ける事ができ、猫の治療費は無料だったけれど薬代は払って下さい。と言われて、彼はなけなしのお金を払うことに、その直前に出会っていた、疎遠になっていた父親にもらったご飯代を使った。

 

ケースワーカーの元を訪れた時、ケースワーカーはカンカンに怒っていたが、内情を伝えると、色々あったから、落ち着くようにとアドバイスしてくれた。

 

帰宅してから、猫は中々薬を飲んでくれず苦戦し、ベティの元を再び訪れる。ベティは上手く薬を飲ませる事ができ、彼女は慣れよ。と言ったのと、猫は去勢が必要ということもアドバイスをくれた。猫が生きられる為には、そうしなければならないという、本当の願いだった。

ベティはこの時、猫がボブと呼ばれたがってるわよ。と伝え、主人公はボブと呼ぶように、、、

 

次の日、主人公は日銭を稼ぎにストリートに出ようとした時、ボブは邪魔になると思い、ついてこないようにバスに乗せなかったが、ボブは彼に懐いていてバスに乗って来た。その時から、周りの目線が変わる。今まで主人公は冷たい目線の的だったが、ボブのお陰で写真を撮らせて欲しいと言われるくらい暖かく見られるように、そのお陰でストリートミュージックでも一杯稼げるように、、、

 

彼はボブに恩義を感じ、一杯ボブの餌を買う。しかし、日銭を稼ぐ現場を薬物中毒者の元仲間から嫉妬心を買う。泊めて欲しいと言って来たり、お金をくれと言ったり、しかし、彼はそれは受け入れない。しかし、元仲間に食べるものに使うということで少しのお金を渡す。

 

ベティの元を訪れ、彼女にもボブにも感謝しているということを伝え、少しお互いのことを話す。(前述のことを知る)とても幸せな気持ちであると伝える。

 

彼は薬物中毒者であったことを伏せる。少し誤魔化し、家では色々あったことを話す。

彼女は動物を愛し、動物愛護を謳っていた。彼は半分賛成、半分反対だった。(反対は食べるのは良いのではないか?という部分)

 

ボブという看板猫がいる主人公は楽しくストリートに出て行くが、ある日、素行の悪い人に絡まれる。

監視カメラによって、彼は無実であることは証明されたが路上で音楽をする事は禁止される。

 

彼はどうやって収入を得れば良いか?路頭に迷う。

 

それまで貯めていたお金をほぼボブの為に使い、自分は炊き出しを貰いに行く。

 

お金が尽きそうになった頃、新聞(みたいなもの)を売る職でお金を稼ぐことを思いつき行動に、ボブは本当に売れっ子看板猫で肩に乗せ新聞も沢山売れた。

しかし、余りに売れたので、また、縄張り違いのところで売ってしまった事が原因で1ヶ月新聞を販売を販売元に禁止される。

 

彼はまた路頭に迷い、また運悪く、ベティにも薬物中毒者であった事がバレてしまう。

 

ベティに惚れていたので、薬物を断つことを決意し、ケースワーカーも(この時だったかどうかは定かではないが)、そうした方が良い。と、主人公はベティに薬物を断つから禁断症状が出るので2、3日顔は見せられないし、俺はそうするということを伝えに行く。

 

ベティは食事の心配をし、食べ物を渡しに行くことを引き受ける。彼は禁断症状の間の醜い状態を見せたくないので、食事を家の前においておいて欲しいと伝える。

 

禁断症状の中、彼はもがき苦しむ。

でも、それを乗り越える。

 

疎遠になっていた父親に会いに行き、薬物から完全に抜ける事ができたことを伝えると、父親は自分が父親としてどうあるべきかわからなかったことを伝え、彼を見放していたわけではないことを伝えた。

 

主人公は新聞をボブと売っていた時あるメディアの人に目を付けられていて、ボブのことを本にしないか?君のことを本にしないか?と話が進む。

 

本の為にPCを借り、執筆を終える。

 

本の出版に向け、ベティの元を訪れる。

 

ベティは主人公を見て、兄のことを少し離して考えようと思い、今まで住処にしていた亡き兄の住んでいた家を引越の荷物をまとめている時だった。

 

ベティも彼に惹かれていて、彼の無事がわかり、引越し先の実家の住所と電話番号を書いた手紙を渡す。

 

(僕の頭の中で前後がしっかりしていませんが、すみません)

 

出版イベントに登場の為、ボブと主人公が会場に着くとベティが1番のサポーターとしてファンとしていてくれて、本を読んでいた読者の方々の中、父親など沢山の人達が訪れた。

 

彼は少しドギマギしながらも、何とか出版イベントを無事に終え、彼はこう言った。

 

「私はボブに大変感謝している。私一人だったら冷たくあしらわれていたが、ボブが相棒になってからはみんなに暖かく迎え入れられたことを大変幸運だったと思う。」

 

と、彼の本はベストセラーになって、続編まで出るように、出版は大成功。

 

彼はお金をいっぱい得たが、慈善活動も始め、今でもボブを肩に乗せ、新聞を売っているということでした。

 

終わり。

 

ボブという猫は本猫役で(本人が出てるという意味)出演。本当にあった実話です。

猫という癒しを与える動物によってどれだけ人間が癒されるか。また、主人公の優しさがボブという良い相棒を与え、挑戦心によって大成功を収めるというサクセスストーリーでした。

 

ベティとの関係が気になりましたが、とても良い映画でした。

スパイダーマン ホームカミング の感想 (ネタバレあり)

今、この映画を観終わったので、感想を書こうと思う。

 

映画の中で描かれたように、雇われヒーローの上と下の板挟みはあると思う。

 

好きだった子の父がねぇ。悪い武器商人のトップとは辛い。

 

でも、学力コンテストの決勝解答をした子が、次のMJを狙ってるのね。

 

最後の最後、ピーターはいい選択をしたと思う。

 

その後は、映画上の期待演出だね。

 

見にくい映画だったけど、今まで同様、自分にフィットした映画だった。

 

地道に生きようと思った。

 

頑張るぞぃ。

 

では、、、

エゴについて、他。

今のアパートに慣れてきて、1人の生活を楽しんでいる。

TwitterFacebookで発信。テレビで情報を楽しんでいるが、

1人で完結し過ぎている。

 

恋もしたいが、仕事をしていないから、金もない。

 

自分はエゴはあるがどうにか1人で抑えている。

 

エゴというものは生命の根幹で、

すべての動物にあり、

生きるために剥き出しになった活動欲求である。

 

メディアには私は悪辣に描かれるが、本当の私はエゴを包み込んだ優しさが売りです。

自分のエゴをどうにか抑え込んでいる状態です。

エゴを出すことが悪いことだという思いが強くあり、これまではうまく戦えなかった。

 

でも、自分の経済活動をなんとかしないといけないので、戦わないといけない。

戦うということは、エゴをうまく使い、

「・戦いの目的・戦略・守るもの・生き抜く術・残すもの・品性」

を考え、やり抜き、守らないといけない。

 

ここで、先に述べますが、私はこのように形式主義的な見方をどうしてもしてしまう所があります。

引いて見て、構図で考える癖が抜けず、自分の力というものを1番無視しているのかも知れません。

具体例に欠け、構想を描くのが下手。実際に動くことも下手。人に指導するのもしたことがない。

私なりにいいと思う考え方はあるのだが、私の中だけで収まっている。それらを発信している。

 

何に役立つのか?という物、職業に関する知識も欠け(内実を知らないから)

 

ただ、私自身の過酷な経験から、それを人に課すのは、どう考えてもあり得ない。

それが優しさの源泉なのだろう。

 

私は視点を考えるのは好きです。それが構図で考える癖になっています。

 

最近気づいたのは、私は私基準で見ていたということ。人は私の出来ることはできる。と思っていました。でも、私にできて人にできないこともあり、その逆もある。自分は1人で全ての役割を果たそうとしていたのだと気づいたことです。ということから、今の私の経済状況から、人は一人で生きられない。ということは、ある意味真実なのかも知れません。私を超えたところで理解できます。

 

よし、今回はこれにて、、、

退院。新居へ…

3日に太宰府病院を退院し、その日の内に市役所にて新居の手続きをしたが、全部終わらなかった。

また行かねば。

太宰部病院には再び入院する事はない。

 

周辺のスーパーを確認し、昨日は髪も切った。

 

今から何をしようかと思っているが、物書きをしようと思う。

 

今回はこれにて…

父の欠点。

父は上には弱く、下には暴政。

私はそんな父の元で育つ。父はメディアと上下関係を築き、その父の選局で放送を見る。

選局でも私に暴政。母はそれに最近気づいたが、父は私を鍛えていたと捉えることにした。

母は献身的。感謝し尽くしきれない、でもいつもそれ以上のことをする優しすぎると思う。

 

皆さんの家庭にもご事情はおありでしょうが、私は父の欠点を孕むことによって、精神的鍛錬をしたのだと思う。

その結果が、数学の根本問題の解まで行けたのだと思う。

 

それは最初は頭の中だけだったので、それから現実検討能力を身に付け、身の回りの事象に関しての自身の見解を持つようになったのだと思う。

 

父は、倫理観では私には敵わなくなったので、自然や宇宙の番組を見て、色んな知識を得ている。

 

でも父のお陰で、私は強くなったのだと思う。

 

母のお陰で、優しくなったのだと思う。

 

ただずっとメディアからの監視下に置かれた為、恐怖の為、また反抗の為、その力を自身に抑えてきたと思う。

 

メディアからの搾取はこれからも続くが、私は徹底して抗戦する。

 

私の心の観察を続けるだろうね。メディアも父も。

 

メディアは私とは関係ないことも勿論放送する。というか関係してはいけないのです。

 

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冷静に振り返ると、20年前までは父は私とメディアに入って、仕切りをしていたのである。

だから、良かれと思って間に入っていたのである。

 

しかし、私の上京と共に親元を離れたことにより、私は単身生活。

間が無くなり、直でメディアからの攻撃を受け始める。

最初の猛攻撃で精神崩壊。精神科へ初めての入院。

 

それから数年間、先ほどの数学基礎論の研究の方に集中の為時間を費やす。

答えはやはり親元で浮かぶ。

 

社会性を身につける為、生活訓練、社会訓練を最初に入院した病院で始める。

昨年6月までは、どうにか食らいついていた。

しかし、仕事以外の風当たりが強すぎて、行き先がわからなくなる。

訳のわからない自己啓発系のプログラムで頭もぶっ飛び、再び入院。

 

その入退院後までは私も性善説でやり通せていた。

 

しかし、メディアの影響により世間からの非難が来るようになり、孤立。

事件を起こし、再び入院。自身の死さえも楽しめるくらいに、自分の心が荒む。エゴが見えた。

 

現実検討能力を磨いてもいた為、普段の生活は送れる。

ただ、メディアとの折り合いが最悪な為、社会的に抹殺されるまで戦うことを決意。

 

Maroon 5が私の代弁をしてくれていると思い、厭世的に観ている。

 

期待はしていない。